最近、発達障害という言葉を知りました。
詳しく知ろうとしても、具体例が無くてよく分かりません。
どのように困ってるのか分かりやすく知りたいです
こんなお悩みについて解決します。
今回の内容
発達障害とは何かについては最後に触れています。
先にどのように困っているのか、どうすればいいかを記述します。
本記事の信頼性
本記事を書いている僕は医師からASD・ADHDの診断を受けた当事者です。
幼少から苦難と試行錯誤を経て、無事に進学し就職する事ができました。
今回は発達障害の何が辛くてで、どうすればいいのか?を
自身の体験談や知識も交えて説明していきます。
概要 発達障害とは何か
発達障害とは大まかに自閉症(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)3つがあり、それらの障害特性を持つものです。
筆者はASD・ADHDなのでLDの体験談は書けませんが
ASD(自閉症)
- 不器用「要領が悪い、興味の幅が狭い、コミュニケーションが苦手」
- こだわりが強い「強いこだわりがあり、それに囚われ思考や会話が硬直化する」
- コミュニケーションが苦手「空気や行間を読むのが苦手、思ったことを口に出し顰蹙を買いやすい。興味のある事は一方的に話す」
- 感覚過敏「聴覚、視覚、触覚等を過敏に受け取りがち。本来ある無駄な感覚をシャットアウトする機能が働かず、あらゆる感覚や情報を全て受け取ってしまいがち」
ADHD(注意欠陥多動性)
- 不注意「集中力に欠け落ち着かない、物や予定を忘れやすい」
- 衝動性「考える前に行動、相手の話をじっくり聞くのが苦手で遮ってしまう」
- 多動性「じっとしてられず貧乏ゆすりなど動き間回る」
- 脳のワーキングメモリが少なく「マルチタスクができない(注)」
LD(学習障害)
- 全体的な知能発達に遅れはないものの「話す」、「読む」、「書く」、「聞く」等の能力に遅れが出る
- 成績が悪いと「頑張ってない」「努力不足」等と誤解されやすい
また発達障害者は非常に負担を感じやすく、疲れやすい。
これは脳や自律神経の切り替えがスムーズにいかないのが原因です。
上記以外に具体的にどう困るの?
☝でASD・ADHD・LDで困ることを箇条書きしてみましたが、
その発達障害でどう困るのか見てみましょう。
脳による障害なため分かりにくく、対処しずらい
まず発達障害の原因は先天的な脳の障害にあるとされます。
よって「現時点ではどんなに努力しても直す事はできません」、脳を手術したり、直接干渉したりできれば・・・ですが
対処療法でやり過ごすしかないのが現状です。
そして脳による問題のため「障害の程度を定量化・定性化するのが非常に困難 = 理解するのが難しい」となります。
自身の障害の程度を理解しにくいだけでなく、脳の先天性の問題とあらば対処も非常に難しくなります。
本人だけでなく、周囲も理解と対処が難しい
一目で発達障害であるかどうかの判断は難しく、
しっかりとした説明と周囲の理解が必要です。
不謹慎ながら例えるなら、同じ障碍者でも車椅子に乗っている人なら一目で判別が可能。
しかし発達障害は周囲から誤解されがちでストレスを抱えがちとなります。
初対面の全ての人に完璧な説明と理解を求めるのは現実的ではありません。
またその対処も難しい。
車椅子状態なら周囲もどのような助けが必要か一目でわかるが、発達障害の場合は前述の通り「先天的な脳機能の問題だから」です。
そのため他者との感覚の共有もできず理解されにくい。
程度も0か100かではなく凸凹なため周囲も困惑してしまうのです。
2次障害で鬱などを併発しやすく、虐待やいじめを受けやすい
悲しい事に発達障害は上記の理由もあって、誤解やいじめを誘発してしまう事も多いです。
親からは暴言や暴力をぶつけられ、学校等では辛酸をなめさせられた人は数知れず・・・
筆者が実際に困ったエピソード
やる気の前借りができない
やる気の前借りというのは造語です。
人はやりたくない事でも後からの報酬や、明るい未来を想像してやる気を出す事ができます。
これは脳の報酬系が刺激され、やる気や集中力の源となるドーパミン等の脳内成分が分泌されるからです。
これを私はやる気の前借りと呼んでます。
ところが発達障害(特にADHD)だと本当にやる気が出ない!
それもそのはず、先天的に脳の報酬系機能に障害を負っているから。
どんなに頑張らないといけないと分かっていても集中できない。
それは甘えや怠惰等といった精神論ではなく、科学的根拠に基づいているから。
最近は前借りができないなら、予めドーパミン(やる気)を貯蔵して対処しています。
例えば昨日の段階でスポーツ、ゲーム、甘い物を摂取するなどしてドーパミンを脳に蓄積しておいて、今日頑張るといったところですね。
車の運転中に先輩から話しかけられて、赤信号に気付かずに突っ切った
先輩には事前に運転中に話しかけないように伝えていましたが、
それでも少しくらいなら大丈夫だろうと先輩は判断しました。
新卒23歳の当時、先輩の質問を無視する事もできず応答していました。
中には口をつむぐような質問もありましたが、その次の瞬間に50~60Km程度で赤信号を突っ切ってました。
幸い、事故や大事にはなりませんでしたが、先輩も青い顔をして事の重大さに気付いてくれたようでした。
勿論、故意に赤信号を無視した訳ではありません。
本当にマルチタスクが苦手で目の前の赤信号を認識し判断する事ができなかったのです。
定型発達者なら「人と話しながら運転」を当たり前にできる人も多いでしょう。
しかし、その当たり前が本当にできない人がこの世にいるのも事実なんです。
どうすればいいか
今は昔より発達障害への理解が進んでいます。
自己理解を可能な限り行った上で、勇気を振り絞って周囲に相談してみてください。
そして相談された方も、可能な限り理解してあげて下さい。
それだけでも発達障碍者は救われます。
最後に発達障害当事者としての訴え
僕にとって生まれてきたことが最大の罰で、本当の地獄でした。
当時から前世で何か罪を犯したのだろうか?
と、本気で思いつめていました。
発達障害者の辛さを分かりやすく言うと、「現代のエタ・ヒニンとして差別されながら生きる」ようなものです。
個人差はあれど「定型発達者は最新式の戦闘爆撃機、戦車のようなもの」
対して「発達障碍者の扱いは竹やりを持った歩兵のようなもの」
社会は戦争とは違いますが、競争と弱肉強食の摂理はあります。
その中で最新型の爆撃機から一方的に焼き払われ、戦車には轢殺されるわけです。
定型発達者が農民なら、その不満や怒りを更なる弱者であるエタ・ヒニン(発達障碍者)にぶつけるのは自然な流れです。
そういった意味でも、発達障碍者の役はあります。
それは「農民達の留飲を下げるピエロ」
しかし、そんな役として生きていく事に希望や人権はあるのでしょうか。
これからはそれ以外の役を見つけていくか、社会が変わっていく必要があると思います。
暗い内容となってしまいましたが、もしこの記事を読んで下さった方が居るなら・・・
少しでも発達障害者の方をご理解して下さると助かります。
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